靴を履くとき。
ズボンを履くとき。
スプーンで食べるとき。
手を洗うとき。
1~2歳の子供たちと過ごしていると、保育園でも 「自分で!」 という気持ちが、あちこちで顔を出します。
ところが、自分で始めたものの、なかなかうまくいかない。
何度やっても靴が履けない。
と怒る。
そこで保育者が手を出そうとすると、
と、もっと怒る。
大人から見ると、
「手伝ってほしいの?
それとも一人でやりたいの?」
と、なかなか難しい場面です。
でも保育園では、この姿を単に 「イヤイヤ期だから」 「わがままだから」 とは考えません。
まず見てみたいのは、
この子は今、
何を自分でやろうとしているのだろう?
たとえば、自分で靴を履こうとしている子がいたとします。
何度も足を入れようとしている。
うまく入らない。
だんだん表情が険しくなり、
と、靴を投げそうになる。
目の前の「怒っている」という姿だけを見ると、
「そんなに怒らなくてもいいでしょう」
と言いたくなるかもしれません。
でも、その少し前までさかのぼってみると、 その子は何度も何度も、
自分でやろうとしていた。
ことが分かります。
保育者が見たいのは、そこです。
- 何をしようとしていたのか
- どこまでは一人でできていたのか
- どこから難しくなったのか
- 困った時、どんな方法で気持ちを伝えているのか
すると「できない!」という怒りも、 ただの困った行動ではなく、
「自分でやりたかった」
という子供の気持ちを理解する手がかりになってきます。
こうした1~2歳頃の自己主張は、日本の保育現場を対象にした研究でも調べられています。
現在、東京大学の 発達保育実践政策学センター(CEDEP) で乳幼児の発達や保育について研究している 野澤祥子先生 は、保育所の子供たちを継続して観察し、 1~2歳頃の自己主張がどのように変化していくのかを研究しています。
2歳代の子供を追った研究では、年度の初めには、 物の取り合いや強い不快感情を伴うやり取りが多く見られました。
それが成長するにつれて、 落ち着いた声で相手に伝える姿が増え、 さらに順番や遊び方について 言葉で交渉する姿 も見られるようになっています。
強い気持ちが
そのまま表れる
少しずつ
言葉で伝える
相手と相談したり
交渉したりする
もちろん、この研究は 「靴が履けなくて怒る子」 そのものを調べた研究ではありません。
ですから、
「2歳だから、できないと怒る」
と決めつけることはできません。
ただ、
自分の思いを表す力も、
その思いを調整しながら相手に伝える力も、
1~2歳の間に大きく育っている途中です。
子供が困っていたら助ける。
もちろん、それは大切です。
でも、
困っている = 全部大人がやる
ではありません。
たとえば靴なら、
- 靴を持てる
- 向きが分かる
- 足先を入れられる
- かかとだけ難しい
そんな時には、
「ここまでは自分でできたね」
「先生、ここだけ広げようか?」
と、難しいところだけ少し支えることがあります。
そして、できそうになったら、 また子供に返します。
大人が完成させることよりも、
子供自身ができる部分を、
できるだけ子供に残しておく。
私たちは、そこを大切にしています。
日本の3歳未満児の保育研究にも、 私たちが日々出会う姿とよく似た子供たちが登場します。
阿部和子先生による3歳未満児の保育実践研究では、 子供の興味や自発性を大切にしながら保育を組み立てることが検討されています。
その実践記録には、
- 「自分で」と靴を履こうとする姿
- 自分で着替えようとするものの、難しいところで大人に助けを求める姿
- 自分で腕まくりをしようとして、うまくいかない部分を保育者に支えてもらう姿
などが記録されています。
ここは、とても大切なところだと思います。
「自立する」とは、
何でも一人ですることではありません。
「やってみたい」という気持ちから始まります。
全部が思いどおりにできるわけではありません。
大人の力を借りることも、大切な経験です。
少しずつ「自分でできる」が増えていきます。
このような保育を考える時に参考になるのが、 心理学者レフ・ヴィゴツキーの 「最近接発達領域」という考え方です。
名前は難しそうですが、考え方はシンプルです。
できる
今回の靴の場面なら、
- 靴を持つことはできる
- 向きも分かる
- 足先までは入れられる
- かかとだけ難しい
と、細かく見てみます。
すると、大人が手伝う場所も見えてきます。
です。
また、心理学者の デイヴィッド・ウッド、ジェローム・ブルーナー、ゲイル・ロス が示した「足場かけ」という考え方でも、 子供が一人では難しい部分を大人が支え、 できるようになるにつれて援助を減らしていくことが大切にされています。
大切なのは、
「手伝う・手伝わない」ではなく、
どこを、どのくらい手伝うか。
まず、少し見る
すぐに手を出す前に、 「どこまでできるかな?」 と見てみます。
靴を持てる。向きが分かる。足先まで入る。
そこまで分かれば、大人がすることはかなり少なくなります。
気持ちを言葉にする
「自分でやりたかったんだね」
「うまく入らなくて悔しかったね」
これは「怒らないようにする魔法の言葉」ではありません。
それでも、自分の中にある気持ちを大人に受け止めてもらい、 言葉にしてもらう経験は、 やがて自分の気持ちを言葉で伝えていくための一つの支えになります。
難しいところだけ手伝う
「先生、ここだけ持とうか?」
「最初だけ一緒にやる?」
と、援助をできるだけ小さくしてみます。
また子供に返す
少し手伝ったら、そのまま大人が最後まで終わらせず、
「ここからできそう?」
と、もう一度子供に返してみます。
「できた」より「できたところ」を見る
「すごい!できた!」 も、もちろん嬉しい言葉です。
でも、
「足、自分で入れられたね」
「何回もやってみたね」
「最後は自分で引っ張れたね」
と、その子が実際にしたことを言葉にしてみます。
この考え方は、ご家庭でも使えます。
大人:靴を広げる
子供:足を入れる
大人:袖口を見つける
子供:腕を通す
大人:皿を支える
子供:スプーンですくう
大人:袖を少し支える
子供:自分でまくる
こう考えると、
「一人でできる」
または
「一人ではできない」
という二択ではなくなります。
大人がほんの少し環境を整えるだけで、 子供自身ができる部分は、意外とたくさんあります。
朝の登園前。
もう時間がない。
そんな時に限って、
……ありますよね。
日本で1・2歳児の保護者を対象に行われた 山田千愛先生・砂上史子先生 の研究でも、 子供の反抗や自己主張への対応には、 大人側の 「時間」や「精神的な余裕」 が関係することが報告されています。
つまり、
「いつでも十分に待てるのが良い親」 という話ではありません。
保育園だって同じです。
次の活動の時間、安全面、ほかの子供たちの状況。
いろいろな条件があります。
時間がないなら、
「今日は急いでいるから、靴は一緒に履こう。
でも最後のテープはお願いね」
でもいいのです。
全部子供の希望どおりにすることと、
子供の主体性を大切にすることは、
同じではありません。
限られた時間の中でも、 「ここだけは自分でできる」 を一つ残すことはできます。
これなら、ご家庭でも比較的取り入れやすいと思います。
「自分で!」
と言ったのに、
「できない!」
と怒る。
大人にとっては、決して楽な場面ではありません。
でも、その子は少し前まで、 自分から挑戦していたのかもしれません。
今日、大人に靴を広げてもらって履いた子が、 何度も繰り返すうちに、 いつか一人で履くようになる。
そしてその先には、 困った時に怒るだけではなく、
と、人に助けを求められるようになる姿もあるかもしれません。
かえでの樹保育園では、 「できた・できない」だけではなく、 その子がどこまで自分でしようとしているのか を大切に見ています。
全部してあげるのでもなく。
全部一人でやらせるのでもなく。
「今できること」は任せて、
「もう少しでできそうなところ」を支える。
「自分で!」という一言の中にある、小さな挑戦。
私たちは、その挑戦を急いで奪わず、 その子に必要な「あと少し」を 一緒に探していきたいと思います。
本記事は、日々の保育実践に加え、 以下の発達・保育研究を参考に構成しています。
- 野澤祥子(2011) 「1~2歳の子ども同士のやりとりにおける自己主張の発達的変化」 『発達心理学研究』22巻1号。
- 野澤祥子(2013) 「歩行開始期の仲間同士における主張的やりとりの発達過程 ―保育所1歳児クラスにおける縦断的観察による検討―」 『発達心理学研究』24巻2号。
- 阿部和子(2016) 「3歳未満児の自発性を育てる保育カリキュラムの開発 ―エマージェント・カリキュラムを中心に―」 『人間生活文化研究』26号。
- 山田千愛・砂上史子(2020) 「1・2歳児の反抗・自己主張における養育者の対応と意識」 『保育学研究』58巻1号。
- レフ・ヴィゴツキーによる 「最近接発達領域(Zone of Proximal Development)」の理論。
- Wood, D., Bruner, J. S., & Ross, G.(1976) “The Role of Tutoring in Problem Solving.” Journal of Child Psychology and Psychiatry.
※各研究は、本記事で紹介した個別の場面そのものを 直接実証したものではありません。 子供の自己主張や自己調整、保育者による援助を考える際の 発達的・保育的な背景として参照しています。

