「ママー!」入園直後の大泣きは大丈夫?~子供が安心して離れていくための「安全基地」のお話~

かえでの樹保育園 · 保育あれこれ

戻ってきてもいい。
安心したら、また行ってみる。

子供の世界を広げる「安全基地」のお話。

遊びながらそばにいる保育者の顔を確かめる幼児のイラスト

入園したばかりの朝。

お母さんに抱っこされている間は大丈夫だったのに、保育者に抱っこを代わった瞬間、

「ママー!!」

と大泣き。

お母さんが玄関を出たあとも、なかなか涙が止まらない。

保育園では、とてもよく見られる光景です。

そして、お迎えの時。

「朝、あんなに泣いていましたけど大丈夫でしたか?」

「毎日泣かせて預けるのがかわいそうで……」

「まだ保育園は早かったのでしょうか?」

と心配される保護者の方もいらっしゃいます。

でも私たちは、そんな子供の姿を見ながら、

「ちゃんと“大好きな人”が分かっているんだな」

とも感じています。

今回は、入園直後によく見られる「大泣き」から、子供にとっての「安全基地」について考えてみたいと思います。

「ママじゃなきゃ嫌!」にも理由があります

赤ちゃんは、生まれた時から今と同じように、

「お母さん」
「お父さん」
「知らない人」

をはっきり区別しているわけではありません。

抱っこしてもらう。
泣いたら来てもらう。
お腹が空いたら満たしてもらう。
眠い時には安心して眠らせてもらう。
笑ったら笑い返してもらう。

そんな毎日の繰り返しの中で、

「この人は、自分を守ってくれる大切な人」

というつながりが少しずつ育っていきます。

心理学では、このような特定の人との情緒的なつながりを「アタッチメント(愛着)」と呼びます。

そして成長すると、

「いつもの人」と「知らない人」

の違いも、だんだん分かるようになってきます。

そこで見られるようになるのが、いわゆる「人見知り」です。

昨日まで平気だった先生を見て、突然泣くことも

月齢の低い赤ちゃんが入園すると、初日から比較的すんなり保育者に抱っこされることがあります。

すると、

「えっ、ママじゃなくても平気なの?」

と、少し拍子抜けしたり、ちょっぴり寂しくなったりすることもあるかもしれません。

でも、もちろん、

「泣かない=お母さんとの愛着が育っていない」
ということではありません。

月齢が低いうちは、まだ「知らない人」を強く警戒する人見知りが、はっきり表れていないことがあります。

ところが数か月すると、様子が変わることがあります。

昨日までニコニコしながら抱っこされていた先生を見た瞬間、

「うわーーん!」

先生としては、

「昨日まで仲良しだったやん!」

という気持ちですが(笑)、

保育の現場では、そんな変化を見ると、

「おっ、人見知りが始まったね。成長しているね」

と感じることがあります。

「誰でも同じ」だった世界から、

「いつもの人」と「そうじゃない人」が分かる世界へ。

これも大切な発達の一つです。

もちろん、人見知りが始まる時期や、その表し方には個人差があります。

大泣きする子もいれば、知らない人の顔をじーっと見つめる子もいます。

だから、

泣く子も、泣かない子も、その子なりの育ちの途中。

私たちは、まずその子の姿をそのまま見ていきます。

大好きな人だから、離れると寂しい

そして、

「この人が大好き」
「この人と一緒にいると安心する」

ということが分かってくると、その人と離れることへの不安も表れるようになります。

いわゆる「分離不安」です。

入園したばかりの子供の立場になって考えてみると、それも当然かもしれません。

知らない部屋。
知らない音。
知らない子供たち。
知らない大人。

そして、いつもそばにいるお母さんやお父さんがいなくなる。

大人だって、

「今日から知らない場所で、知らない人たちと一日過ごしてください」

と言われたら不安ですよね。

ましてや小さな子供は、

「夕方には迎えに来るからね」

と言われても、大人と同じように時間の見通しを持つことはまだ難しい時期です。

だから、

「行かないで」

「一緒にいて」

「どこに行くの?」

という気持ちを、泣くことで一生懸命伝えます。

つまり、入園時の大泣きは、

単に「保育園が嫌だから泣いている」とは限りません。

それだけ大切な人と離れることが分かっている。

そんな育ちの姿でもあるのです。

保育園が最初に目指すのは「泣かなくすること」ではありません

入園したばかりの頃。

私たち保育者がまず考えるのは、

「どうすれば早く泣かなくなるか」

ではありません。

まずは、

「この先生、大丈夫かもしれない」

と思ってもらうことです。

泣いたら抱っこする。
眠くなったらそばにいる。
食事をしながら「おいしいね」と声をかける。
好きなおもちゃを一緒に探す。
目が合ったら笑い返す。

そうした何気ない毎日を繰り返します。

すぐに仲良くならなくても大丈夫です。

子供自身が少しずつ、

「この人も、困った時に来てくれる人なんだ」

と知っていく時間が必要だからです。

ずっと抱っこだった子が、初めて床に降りる日

入園して数日。

朝からずっと先生の抱っこで過ごしている子がいたとします。

床へ降ろそうとすると泣く。
また抱っこ。

でも、ある日。

抱っこされながら、床にあるおもちゃをじーっと見ています。

ちょっと手を伸ばす。
もう少し伸ばす。

先生が、

「気になるね」

と声をかける。

しばらくすると、

そーっと足を床につける。
おもちゃを触ってみる。
少し遊ぶ。

そして突然、

ぱっ。

と先生の顔を見る。
先生と目が合う。

すると、またおもちゃに戻る。

保育園では、こんな小さな変化をよく目にします。

大人から見れば、

「抱っこから降りて遊んだ」

だけかもしれません。

でも、その子にとっては大きな一歩です。

先生が近くにいる。
困ったら抱っこしてもらえる。

それが少しずつ分かってきたから、

「ちょっと離れてみようかな」

と思えたのかもしれません。

これが「安全基地」です

このような子供の姿を考える時に参考になるのが、「安全基地(Secure Base)」という考え方です。

この考え方の基礎となったのは、イギリスの精神科医・精神分析家であるジョン・ボウルビィ(John Bowlby)が提唱した「アタッチメント理論」です。

その後、心理学者のメアリー・エインズワース(Mary Ainsworth)らが、乳幼児と養育者との関係を観察・研究していきました。

名前は少し難しそうですが、

「安全基地」のイメージはとてもシンプルです。

  1. 不安になったら、大人のところへ戻る。
  2. 安心する。
  3. また外の世界へ出ていく。

安全基地というと、

「大人がずっとそばにいて守ってあげること」

と思われるかもしれません。

でも、大切なのはむしろその先です。

安心して戻れる人がいるからこそ、子供はそこから離れていくことができます。

実は、こども家庭庁も「アタッチメント」を大切にしています

アタッチメントは、海外の昔の心理学だけの話ではありません。

現在、こども家庭庁が示している「はじめの100か月の育ちビジョン」でも、乳幼児期の育ちにとってアタッチメントが重要であることが示されています。

そこで大切にされているのも、

不安な時に身近な大人に寄り添ってもらい、安心すること。

そして、その安心を土台に、

いろいろな人や物、場所に出会い、遊び、外の世界へ挑戦していくこと

です。

つまり、

安心すること

と

自分からやってみること

は、別々ではありません。

安心できる場所があるから、

子供は、

「触ってみよう」
「行ってみよう」
「やってみよう」

と動き出すことができます。

保育園では、こんなところも見ています

遊んでいる子供を見ていると、

夢中で遊んでいたのに、突然こちらを見ることがあります。

先生と目が合う。
また遊ぶ。
少し遠くへ行く。
また先生を見る。

そんな姿です。

  1. 遊ぶ
  2. 先生を見る
  3. 「いる」と確認する
  4. また遊ぶ

公園でも、似た姿を見たことはないでしょうか。

最初はお母さんの近くで遊んでいた子が、

少しずつ離れていく。
砂場へ行く。
すべり台へ行く。
知らない子の近くにも行ってみる。

でも、ときどき振り返る。

お母さんがいる。

そして、また遊びに行く。

子供にとって大切なのは、

「ずっと手をつないでいて」

だけではありません。

「戻りたい時には、戻っても大丈夫」

という安心なのです。

転んで泣いて、また走り出す

安全基地は、遊びに出かけるためだけの場所ではありません。

困った時に戻る場所でもあります。

たとえば、園庭で走っていた子が転んでしまった。

泣きながら先生のところへやってくる。

「痛かったね」
「びっくりしたね」

と抱っこしてもらう。

少し泣く。
やがて落ち着く。

すると数分後には、

また園庭へ。
そして走り始める。

私たち大人はつい、

「泣かないこと」

を強さのように思ってしまうことがあります。

でも、

怖かった時。
痛かった時。
寂しい時。

信頼できる人に「助けて」と戻れることも、とても大切な力です。

安心したあとに、

また自分から離れていければいいのです。

「今日は泣かなかった!」だけが成長ではありません

毎朝大泣きしていた子にも、いつか泣かずに保育室へ入ってくる日がやってきます。

そして、そのうち。

お母さんが、

「今日は振り返りもしませんでした(笑)」

と、ちょっぴり寂しそうに言われる日もあります。

でも私たちは、

「泣かなくなった」

ことだけを成長だとは考えていません。

  1. 大好きな人と離れて泣く

    「離れるのが寂しい」と伝えています。

  2. 保育者に抱っこされて少しずつ安心する

    「ここにも頼れる人がいる」と知っていきます。

  3. 抱っこから降りてみる

    安心を土台に、周りの世界へ興味を向けます。

  4. 時々先生を確認しながら遊ぶ

    戻れる場所を確かめながら、少しずつ世界を広げます。

  5. いつの間にか夢中で遊ぶ

    そして気がつけば、

    「お迎え来たよ」

    と言われても、

    「まだあそぶ!」

    ……なんていう日がやってきたりします(笑)。

お父さん・お母さんだけが「安全基地」なの?

アタッチメントという言葉から、

「お母さんとの関係」

を思い浮かべる方も多いかもしれません。

もちろん、家庭で日々関わっているお父さんやお母さんは、子供にとってとても大切な存在です。

でも、アタッチメントの相手は一人だけとは限りません。

日々継続して関わり、
困った時に助け、
気持ちを受け止め、
一緒に生活していく中で、

子供は複数の大人との間にも安心できる関係をつくっていきます。

だから保育園でも、

「家庭から子供を離す場所」

ではなく、

家庭にある安心を土台にしながら、

「ここにも安心できる人がいる」

という場所になっていきたいと考えています。

朝、大泣きしていたら

明日の朝も、

もしかすると玄関から元気な泣き声が聞こえてくるかもしれません。

「また泣いちゃった……」

と、後ろ髪を引かれることもあると思います。

そんな時、

少しだけ思い出していただけたらと思います。

その涙の中には、

「大好きだから離れたくない」

という気持ちがあるのかもしれません。

そして保育園では、その気持ちを無理に消すのではなく、

「寂しいね」
「先生ここにいるよ」

と受け止めながら、

少しずつ、

「ここも大丈夫」

と思える経験を積み重ねていきます。

家庭には、お父さんやお母さんという大切な安全基地があります。

そして保育園にも、

安心して戻ることのできる大人がいる。

その安心を土台に、

子供たちは少しずつ、

人へ。
遊びへ。
そして、自分の知らなかった世界へ。

一歩ずつ出ていきます。

かえでの樹保育園では、「泣いている・泣いていない」だけではなく、その子が今、誰を求め、どこで安心し、どんな瞬間に一歩離れていこうとしているのかを大切に見ています。

戻ってきてもいい。

安心したら、また行ってみる。

その繰り返しの中で広がっていく子供たちの世界を、

私たちは一番近くで見守っていきたいと思います。

参考にした主な研究・文献

本記事は、日々の保育実践に加え、以下のアタッチメント・乳幼児発達に関する研究や公的資料を参考に構成しています。

  • Bowlby, J.(1988)A Secure Base: Parent-Child Attachment and Healthy Human Development.
  • Ainsworth, M. D. S., Blehar, M. C., Waters, E., & Wall, S.(1978/1979)Patterns of Attachment: A Psychological Study of the Strange Situation.
  • こども家庭庁「幼児期までのこどもの育ちに係る基本的なビジョン(はじめの100か月の育ちビジョン)」および関連資料。
  • American Academy of Pediatrics(HealthyChildren.org)乳児期の人見知り・分離不安、保育施設への移行に関する解説。
  • Centers for Disease Control and Prevention(CDC)乳幼児期の発達マイルストーン。

※人見知りや分離不安が現れる時期・程度には個人差があります。また、「よく泣く・泣かない」といった一つの行動だけから、親子の愛着の状態を判断することはできません。本記事では、乳幼児期の発達やアタッチメントを理解するための一般的な考え方として紹介しています。